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高知地方裁判所 昭和55年(手ワ)132号 判決

原告 株式会社ジャイアント商事

右代表者代表取締役 石黒城造

右訴訟代理人弁護士 山原和生

被告 タケシゲ電化店こと 武田繁治

右訴訟代理人弁護士 藤原充子

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求)

被告は原告に対し金二一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

(予備的請求)

仮に主位的請求が認められないとすれば、被告は原告に対し金一九七四万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言

二  答弁

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告

(主位的請求原因)

1 原告は別紙目録(一)ないし(一〇)記載の約束手形(以下「本件(一)ないし(一〇)の手形」という)を所持している。

2 被告は本件各手形を振出した。

3 仮に被告が本件各手形を直接振出していないとしても、被告の孫で、その当時被告から被告の営む電気店の事業に関して手形、小切手を被告名義で振出す権限を一般的もしくは包括的に与えられていた訴外甲野太郎(以下単に「甲野」という)が右代理権に基づいて正当に振出したものである。

《以下事実省略》

理由

一  主位的請求について

1  主位的請求原因1は当事者間に争いがない。

2  そこでまず同23について検討する。

本件各手形が被告の手形用紙を用いて振出されたもので、その振出人欄の被告の記名が被告のゴム印により、また名下の印影が被告の銀行届出印により顕出されたものであることは当事者間に争いがない。

しかしながら、以下認定の事実に照らすと、右当事者間に争いのない事実から、本件各手形が、被告本人または正当な振出権限を有する甲野によって振出されたことのいずれもこれを推認することはできず、他にこれを認めるべき証拠はない。

却って、《証拠省略》によれば次の事実が認められる。

被告はタケシゲ電化店の名称で、これといった従業員を置くこともなく、家庭用電気製品の小売業を営んでいたもの、甲野は被告の孫で、昭和四八年夏頃から被告に雇われ、タケシゲ電化店の商品の販売と集金の業務に従事していたもの、乙山は甲野の父の従弟で、寝具販売業を営んでいたものであるが、いわゆる暴力団の構成員となり、競輪、競馬の賭博(ノミ)行為を常とし、賭博開帳図利幇助罪で懲役刑に処せられたことのあるものである。昭和五三年一二月頃、金繰に窮した乙山は甲野に対し、甲野がそのようなことで被告名義の手形、小切手等の振出し権限のないことを知っていながら、他から融通を得るため一時利用するだけで、迷惑を掛けないから被告振出人名義の約束手形を貸して欲しいと頼み込み、甲野から被告振出人名義の約束手形の交付を受け、さらに信用力をつけるため、賭博仲間ではあるが、会社を経営していた訴外丙川に依頼して、同人の裏書を得て、街の金融業者にこれを差し入れ、金融を得たことがあった。乙山はこれを契機に、賭博の資金、借金の返済、融通手形の決済資金に窮したり、被告振出人名義の約束手形の書替えなどの必要が生じた折には、甲野に懇願し、ときには強迫的言辞を弄するなどして、被告振出人名義の約束手形、小切手の交付を受けて、これを原告に差し入れて原告からいわゆる手形貸付を受け、あるいは同手形の書替えなどに利用していた。昭和五四年八月頃からは、甲野は、被告に無断でタケシゲ電化店の営業目的外に約束手形、小切手等を振出していることが被告に知れることをおそれ、乙山と一緒になって、前に振出した手形の書替えのために、被告振出人名義の約束手形を次々と振出し、ついには自己の遊興費等のためにも被告名義の約束手形を振出し、これにより原告から手形貸付を受けるに至った。昭和五五年八月頃には、このようにして、甲野により振出された被告振出人名義の約束手形の総数は九〇通余に及ぶが、本件各手形は、かつて、手形貸付を受ける際、差し入れられた手形が、右のような経過で書き替えられて来たものである。ところで、甲野は被告と前記のような間柄にあったとはいえ、タケシゲ電化店の経営を任されていたわけではなく、手形、小切手の作成事務に携ったこともあるが、いずれも被告の個別的具体的な指示に基づいてしたものにすぎず、自己の判断で被告振出人名義の手形小切手等を振出す権限は与えられていなかった。被告の取引銀行の手形用紙、記名ゴム印、銀行届出印はタケシゲ電化店の事務机の引出しに施錠して保管されていたが、甲野は鍵の所在場所を知っており、被告が店内にいないことも多かったので、そのような折に右鍵を取り出して引出しを開け、右手形用紙、銀行届出印等を使って容易に被告名義の手形を作成することができたが、さらに手形用紙が足りなくなると、自ら取引銀行から受け取って来て、これを利用していた。被告は甲野を信頼していたので、甲野が右のようなことをしているなどとは、昭和五五年一〇月頃、原告から本件各手形の支払を求められるまで、全く知らなかった。以上の事実が認められ、この事実に前顕各証拠を総合すると本件各手形は、いずれも甲野が単独もしくは乙山と相謀って、被告の振出人名義を偽造したものであることが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

3  次に同4につき検討する。

(一)  原告は甲野がタケシゲ電化店の営業に関し、手形振出の権限を与えられていたことを前提に、本件各手形の振出につき、被告がこれに制限を加えても、第三者である原告に対抗しえない旨主張するけれども、その前提事実が認められないことは前に認定したところから明らかであるから、右主張は採用しえない。

(二)  原告は仮に甲野に本件各手形振出の代理権がなかったとしても、原告は、同人に正当な代理権(いわゆる機関方式による代行権限を含む)があるものと信じて、本件各手形を受取ったものであるから表見代理が成立する旨主張し、《証拠省略》によれば、原告は、昭和五三年一二月頃、訴外錦織が持参した被告振出人名義の金額一〇〇万円の約束手形、及び同五四年一月頃、乙山、丙川らが持参した被告振出人名義の金額一〇〇万円の約束手形を割引くに際し、自己の取引先銀行に、被告の信用について照会し、信用ありとの回答を得、しかも、右錦織から取得した手形が決済されたこともあって、その後、乙山、甲野らが持参した総数九〇通余に及ぶ被告振出人名義の約束手形につき、いずれもこれが被告によって真正に作成されたものと信じて、右乙山、甲野らの裏書を得たうえ、これを取得したことが認められる。

しかしながら、原告による右手形の割引を外形的に把えるかぎり、まして右割引を原告主張の如く手形の売買とみればなおさらのこと、原告は表見代理の法理によって保護されるべき第三者には含まれないといわざるを得ないのであるが、この点を措くとしても、原告は、本件各手形が、実際は甲野によって作成振出されたことを直接見聞していないのはもとより、右乙山を通じて間接的にも聞知していたことを認めるに足りる証拠はなく、したがって、原告は、そもそも表見代理もしくは表見代行の法理の適用の前提とされるべき、代理もしくは代行者が誰であるかについての認識がないのであるから、表見代理もしくは表見代行の成立する余地はないというほかはない。

4  同5について検討する。

本件各手形が、被告以外の第三者によって偽造されたものである以上、当該手形の取得者がいかに善意無過失であっても、被偽造者である被告に対し、手形上の権利を取得することはありえないから、原告の善意取得の主張は採用しえない。

5  同6について検討する。

手形の被偽造者は偽造された手形が流通におかれていることを知りながら、敢てこれを容認し、利用したなどの特段の事情のないかぎり、外観理論によっても偽造手形につき責任を負うことはないものと解されるところ、本件全証拠によっても右のような特段の事情は認められず、この点の原告の主張も採用しえない。

二  予備的請求について

1  甲野が被告の被用者であることは当事者間に争いがなく、甲野が被告の営むタケシゲ電化店の営業に関し、経理の点を除き、販売集金等の業務を任され、手形、小切手の振出事務についても個別的具体的指示に基づいて関与していたこと、被告が手形用紙、銀行届出印の管理に意を尽さず、甲野が容易にこれらを使用して手形、小切手の偽造ができる状態に放置し、しかも偽造手形が相当多数に上るのに、原告からの請求があるまで、そのことに気付かなかったことは前認定のとおりである。このような事情の下において、甲野が本件各手形を作成振出した行為は、これを外観によってみるならば、タケシゲ電化店の事業の執行につきなされたものと認めざるを得ないのであって、この認定を左右するに足りる証拠はない。

2  そこで抗弁について検討する。

(一)  被告は、原告が本件各手形を取得する際、これが権限のない甲野により、被告の事業の執行と無関係に振出されたものであることを知っていた(なお、手形の振出行為は、通常、商人にとって事業の執行行為とみられるから、これが事業の執行と無関係に振出されたことを知っていたというためには、これら手形が偽造もしくは代理権を濫用して振出されたものであることを知っていたことを意味すると解される。)旨主張し、《証拠省略》には、乙山は、昭和五四年八月頃、原告に被告振出人名義の約束手形を差し入れ、原告から手形貸付けを受け、あるいは手形の書替えを得た際、原告代表者の石黒城造に対し、これら手形の件を被告には内密にしておいて欲しい旨を依頼したところ、右石黒がこれを了承した旨の供述部分があるけれども、手形による貸付けを受けようとする者が、そのような事実を、貸主に告げることは考え難いことであって、にわかに措信し難い。

また、被告は原告が本件各手形を取得する際、仮にこれが被告の事業の執行と無関係に振出されたものであることを知らなかったとしても、そのことについて重大な過失がある旨主張し、《証拠省略》によれば、原告は金融業等を手広く営む会社であり、代表者の石黒城造は、乙山が暴力団の構成員で、寝具販売業は名ばかりで、賭搏等を常とするものであることを知っていたこと、乙山あるいは丙川、訴外丁原松夫らから被告振出人名義の約束手形の裏書を得て、割引金名下に同人らに貸付けた金員のほとんどが、実際は、右乙山が必要とし、同人が使う金員であることを知っていたか、少なくともこれを予測しえたこと、それ故に、原告と乙山は話合のうえ、もともと右丙川、丁原らに対する各一〇〇万円の手形による貸付金を乙山のそれとまとめて最終的には本件(八)の手形に書き替えていることが認められる。しかして、高知市の中心街を離れた土地で、電気器具の小売業を営む被告が、乙山あるいは甲野らのために金額五〇万円ないし一一〇〇万円もの約束手形を何十通も振出し交付することは異常なことというべきであるから、右のような経済活動をしている原告としては、乙山あるいは甲野に手形貸付をするに際しては、当初、被告振出人名義の約束手形を取得する際、前記のとおり取引銀行に対し被告の信用状況を照会しただけでは十分とはいえないのであって、本件各手形の真正についても疑念を持ち、電話等によって被告に問い合せてみるなどの一応の調査をしてしかるべきであり、これを怠った場合は、たとえ原告が本件各手形を真正に振出されたものと信じて受取ったとしても、そのように信ずることについては過失があるといわなければならない。しかしながらこれをもって、原告につき、本件各手形が被告の事業の執行と無関係に振出されたものであることを知らなかったことについて故意に準ずる重大な過失があるとまでは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

よって、被告のこの点の抗弁は採用しえないというほかはない。

(二)  次に、被告は本訴請求が公序良俗違反である旨主張し、乙山が賭搏等を常とし、暴力団の構成員であること、原告代表者はこのことを知っており、同人に対する手形貸付金のかなりの部分が右賭搏の資金あるいはその借金の返済のため使用されていたことを、少なくとも予測しうる立場にあったことは前認定のとおりであるけれども、原告は乙山の右のような貸付金の使途について確知していたわけではなく、また右貸付の対象者には訴外丙川、丁原、甲野らも含まれていて、貸付金の総てが右のような違法な目的のために利用されたわけでもないことは《証拠省略》等によっても明らかである。しかも、本件各手形は、右のような手形貸付により取得した手形の書替手形であって、そのうちいずれが、右乙山の違法な賭搏資金等に使われたのかを特定することもできない。したがって、これら状況の下においては、原告の本訴請求が公序良俗に違反するとは到底認められないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

3  そこで更にすすんで、損害について検討する。

ところで、手形偽造による損害の有無及び額は、手形金額によるのではなく、手形授受の原因行為によってこれを定めるべきものであるところ、《証拠省略》によれば、本件各手形は、もともと昭和五三年ないし五四年頃に、原告から乙山、丙川、甲野、丁原らに対する手形貸付の際に、右乙山、甲野から原告へ差し入れられた手形が、順次書き替えられてきた手形であることが明らかである。《証拠判断省略》そして、一般に、手形の書替えは、期限の延期に相当するといわれているとおり、利息の点を除けば、特段の事情のない限り、手形の書替えによっては何ら金銭上の出捐をしていないことになる。したがって、原告としては、当初の手形貸付によって、現実に出捐した金額を損害として請求するのであれば格別、書替手形である本件各手形を取得することによって、損害を蒙っていないというほかないのであって、他に本件各手形を取得することによって原告が損害を蒙ったことを認めるべき証拠はない。

そうすると原告の予備的請求もこの点において、結局理由がない。

三  以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 福田晧一)

〈以下省略〉

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